『祈結(KIYUI)』の旅

徳島・高松・輪島

イントロダクション

Introduction - KIYUI STORY

オリジナル仏壇『祈結(KIYUI)』が生まれるためには、旅が必要だった。

その旅は、徳島から始まる。

徳島の仏壇専門店「ぶつだんのもり」が、現代のライフスタイルに寄り添った
新しい仏壇を世に出そうと決意したのは2015年・春。
それ以来、プロジェクト全体をプロデュースしてきたのが株式会社なんなん。

この文章は、プロジェクトとともに日本各地を巡ってきた株式会社なんなんのスタッフによる旅&記録のエッセイである。

第一章 徳島

Chapter 01 - Tokushima

阿波踊りと仏壇

四国、徳島。

吉野川下流の広大な眺めが目に飛び込んでくると、もう徳島の中心街は近い。JR徳島駅の広場には椰子の木が揺れ、後方には有名な眉山(びざん)が見える。 徳島といえば阿波踊りだが、以前夏に訪れた時も、市内のあちこちで阿波踊りの練習をする子供達の姿があった。浮き立つような掛け声とリズムがあちこちから聞こえてくる。それが夏の夕空にとけ込み、なんとも心地よい空気感を醸し出していた。「少し南国に来た」という肌感覚もうれしい。 そもそもこの地にご縁ができたのは、徳島の仏壇専門店「ぶつだんのもり」の広報活動をお手伝いするようになってからだ。最初に手掛けたWEBサイトの中で、いくつかのテーマでスペシャルサイトを制作させていただいた。その一つが「徳島仏壇」の特集だ。

徳島は「徳島唐木仏壇」で知られる全国三大産地の一つでもある。

江戸時代より木工が盛んだった徳島では、木材が豊富で、銘木の使い方に熟知した職人の手により、丁寧なものづくりが行なわれていた。元来、家具や鏡台などの一大産地だったが、そこに大阪の唐木仏壇技術が伝わり、徳島仏壇の発展の基礎となった。戦後の復興と共に仏壇の需要が高まり、徳島は高級仏壇の産地として発展していくことになる。

まずは撮影を兼ねて製造の現場を色々と案内していただき、お話を伺うところからスタートした。そして黒檀や紫檀など銘木の原材料選びから、仏壇本体や装飾品の製造・組み立て、塗装など一連の工程を教えていただいた。その後のWEBサイト制作過程で、仏壇の歴史や種類、仏具など徐々に知識も増え、「仏壇」との距離も徐々に縮まっていった。

手を合わせることの大切さ

「近頃、供養の仕方がわからないという若い方が多いですね」

ぶつだんのもり・岸本社長からこんな言葉を聞いたのは、お付き合いが始まって間もない時期だったと記憶している。法事の祭壇の飾り方から始まり、お墓参りやお焼香の作法まで、とにかく何も分からないので教えてほしい。そんな相談が増えてきているそうだ。昔であれば作法の基本は親から子へと伝えられ、歳時の際には大人達の所作を見ながら自然と身につけてきたものだと思う。

それから1年後、岸本社長から「オリジナルの仏壇をつくりたいので協力してほしい」と突然声が掛かった。話をお聞きする中で印象的だったのは“手を合わせることの大切さを伝えたい”という言葉だった。日本には先祖や身近な故人を供養するという素晴らしい伝統文化がある。この伝統文化を次の世代に受け継いでもらうには何が必要か。暮らしの中で手を合わせるのは仏壇や神棚に向かった時だが、伝統様式の仏壇では、現代の住環境やライフスタイルにしっくりとなじまない。では、現在の暮らしにマッチした仏壇とは?
この大きな課題を前にして、新しい仏壇づくりのプロジェクトが始まった。

想いと手間

今回のプロジェクトを進めるにあたり、最初に設定した考えがある。暮らしに寄り添った「祈りの空間」の提案である。仏壇を中心に「手を合わせ」「次の世代に引き継いでいく」ための空間を暮らしの中にどう作っていくのか、を考えることが大切なのではないか、と。突き詰めていけば、延長線上に自ずと[新しい仏壇]の姿が立ち現れてくるに違いない。
スタート地点が定まり、一気に具体化の作業が進んでいった。

考え方のベースとなったのは、「祈り」に込められた「想い」が、丁寧に「手間」をかけて作られた仏壇に託され「結ばれていく」というイメージ。仏壇のコンセプトは「想い×手間」となり、ネーミングは『祈結(KIYUI)に決定した。祈り、手を合わせ、向かい合いたくなる人の「想い」。次世代に引き継ぐ価値あるものを生み出すための「手間」。二つが重なり合うところが、今回の仏壇があるべき位置となる。

「手間」をイメージすると、手作り、手仕事、手の温もり、手触り…などの言葉が思い浮かぶ。大量生産の工業製品とは対極の、職人技による手仕事によって生み出される仏壇。その想いをカタチにするために、地元の四国はもちろん、全国を視野に入れてのパートナー候補となる工房探しがスタートした。

第二章 高松