四国八十八ヶ所

☆真言宗について☆ ~お遍路さんの元祖~

だんだんと お月さまが まんまる になっているようです。

 

本日は 数多い大師にかかわる民話の中から、お遍路さんの元祖のお話を、ご紹介いたします。

 

むかしむかし、四国のうちでも、伊予の国は浮穴の郡荏原の郷に、右衛門三郎という人が住んでいました。先祖は朝廷のご門を守ったという、武士の家に生まれたのですが、三郎は、金持ちのくせに郷いちばんのけちで、信心のない欲張りのものでした。

ある日のこと、三郎の家に、ひとりの旅僧が托鉢にやってきました。

「かえれー、乞食坊主」

と、けちな三郎はどなって、旅僧を追い返してしまいました。しかし、翌日も旅僧がやってきて、また、三郎はどなりつけて、追い返しました。次の日も旅僧はやってきました。すっかり怒ってしまった三郎は、旅僧の捧げる鉢を、竹ぼうきで打ちこわし、鉢は八つにくだけて飛び散ってしまいました。

すると、どうしたことか、次の日から毎日一人ずつ、三郎の男の子が次々に死んでしまいました。これには、さすがの三郎もすっかり悲しみにしずんでしまい、その因縁を深く考え込みました。そして、あのときの旅僧は、名高い高僧の空海というお坊さんだったことに思い当りました。

それから、三郎はおのれの罪深さを悔い、空海にお目にかかってお詫びをしたいと、巡礼の旅に出たのです。しかし、四国を二十一遍もまわっても、三郎は空海にめぐりあうことができません。そして、四国一の難所といわれる焼山寺のふもとで、三郎は病に倒れてしまいました。

すると、息もたえだえの三郎の前に、一人の旅僧があらわれました。そして、

「私が空海です。あなたの罪は、四国遍路の功徳で、すべて消えました。なにか最後の願いはありませんか?」

とやさしくささやかれたのです。ようやく空海にめぐりあえた三郎は、最後の力をふりしぼって、

「どうか、わたしを本家の河野の世継に生まれ変わらせて下さい。」

といって、こと切れてしまいました。空海は、かたわらの小石に「右衛門三郎再来」としたため、三郎の手に握らせて、ねんごろに供養されました。

月日は流れて、松山の城主河野息利に男児が誕生しました。その子は、左手に小石を握って生まれてきたのです。見ると、その石には「右衛門三郎再来」と書かれてあります。

息利は、これは弘法大師のご利益にちがいないと考え、道後温泉の安養寺にこの石を納め、寺号を石手寺(第五十一番礼所)とあらためました。そして、三郎がお遍路さんの元祖とされるようになったということです。

熊谷寺 八番札所 

今日、早く目が覚めたので、8番札所【四国八十八ヶ所霊場】熊谷寺へ行ってみました。IMG_0653.JPG

そめいよしの桜の花が、数十個咲いていて、もう春ですね!!

 

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種類の違う、さくらは、葉桜となっています。

 

その後,十楽寺・安楽寺.......霊山寺へと早朝回ってみました、霊山寺には、県外各地の北見・湘南・広島・岡山・大阪・香川などなど、この三連休を使って、早くから霊場めぐりを始めていました。

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月末には、さくらも満開で、黄色に、ピンク、白色、赤色といろいろの春の花を楽しみながら、お遍路参りができますね!!   スイセン・菜の花・桃・桜・チューリップなど

 

徳島の裁判所で、一本のさくらは、8分から9分咲きとなっています。

 

四国八十八ケ所参り

お四国さんとも言われ 今もこの阿波路でも 歩いてまわるお遍路さんを見かけますが、皆さんお参りの仕方ご存知ですか? 応神店のお客様が教えてくれた一例ご紹介します。

山門に着きました。  先ず仁王像のあ形(ならえん金剛)の前に行きます。口をあけている方です。  お賽銭を供え「○○から参りました○○と申します」    あるいは前の札所から続きであればこの後 「無事到着いたしました。お大師様、御本尊様にお取次ぎをお願いします。」とした後 合掌礼拝し山門を入る。

次に息を整えながら、一杯の杓水にて 先ず左手 次に右手を清め 右手に水を受け口をすすぐ。   水は噛むようにして静かに出す。三度。最後に両手で杓の柄を持ち、起こしながら残りの水で柄に そわしながら流し清め、元に戻す。ここが大事です。

多くのお寺様には、本堂へ向かう間に、右か左に大師堂があります。お四国はお大師様が開いてくださったのに、そのお大師様の前を無視して通るのは如何なものでしょうか? 大師様の前までいかなくても せめて大師堂に向い合掌して 無事に到着いたしました。ありがとうございます。これより 本堂にお参りさせて頂きます。と一言告げていくのが当然ではないでしょうか。

本堂に着きローソク・線香をあげた後 菅笠を外し 落ち着いて階段を上がり お賽銭を静かに供え 後からお参りの方々の邪魔にならないところへ身を移し 本堂の風を体いっぱい大きく吸い ゆっくり出した後 厳かにお勤めしましょう。 あなたの前においでになるのは、はるか遠くの仏様です。 死してお会いできるかわからない仏様が、仮にも今私たちの目前で 木仏 石仏のお姿でお会いできえいるのですよ。ご縁あってお会いできたのですから いつかは仏様の方から私たちを導いてくださりお会いできると思います。人間同士 心から話せば相通ずるように、仏様にも真心で接する事です。心身を正してお参りしてみてください。

本堂を終え、大師堂へ行き お礼の言葉を伝え お参りをし、次の寺までの無事をお願いして 納経所で 印を頂き 山門にて振り返り 合掌。 仁王様 うん形(みっしゃく金剛)の前に行き、御本尊様御大師様へのお礼を述べて次のお寺へ向かう無事をお賽銭にこめて、ありがとうございました。宜しくお願いしますとし 合掌、礼

いかがでしょうか? 参考になさっていただければと思います。

                                                 応神店                      

八栗寺と五剣山

1月5日 正月交代休みを利用して 八栗寺にお詣りにいきました。ここで八栗寺について少々 

 八栗寺は四国霊場85番 後に五剣山に守られた寺院です。この五剣山は 空海が虚空蔵求聞持法を収めた際に 空から五本の剣が降ってきて蔵王権現が現れこの潮明寺が霊地であると告げたたとされ、空海がその剣を埋め829年に開基した・・・・。

この日は天気も良くケーブルには乗らないで徒歩にて登りました。5日は仕事初めの会社も多いらしく 同じ制服のグループ スーツ姿のグループが多く参拝されていました。その中で私たちは リュックを背負い トレッキング姿でお詣りし 少し浮いていたかもしれません。?

 

その後裏参道から 道を見つけ20分ほど歩き 岩壁まで 五剣の峰の一の峰の頂上近く 3メートル程の岩壁を恐々さながらロッククライミングのように(ちょっと大袈裟?)登り 頂上で 万歳!! 頂上から 眼下に八栗寺が見え その先に高松市 裏側には庵治石で有名な庵治町が見渡せました。 ただこの日は風が凄くて飛ばされそうでゆっくり景色を楽しむことはできず下山しました。

これが ことしの初山でした。

 

                                                  応神店 H

おへんろさん 巡礼用品

四国八十八ヶ所 巡礼用品のWEBサイトをUPしました。
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四国八十八ヶ所 巡礼用品サイトhttp://www.b-mori.co.jp/butsugu/list-88.htm

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